江戸(えど)から明治(めいじ)に・描(えが)かれ続(つづ)ける藤沢(ふじさわ)、江(え)の島(しま)

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川瀬巴水(かわせはすい) 相州(そうしゅう)七(しち)里(り)が浜(はま)

明治維新(めいじいしん)により約(やく)260年(ねん)続(つづ)いた徳川幕府(とくがわばくふ)の時代(じだい)から、明治(めいじ)へと時代(じだい)は変貌(へんぼう)しますが、「今(いま)を写(うつ)す」浮世絵(うきよえ)は、幕末(ばくまつ)から明治(めいじ)にかけて、新(あたら)しい風俗(ふうぞく)を描(えが)いた名所絵(めいしょえ)や、開化絵(かいかえ)、錦絵新聞(にしきえしんぶん)、皇室(こうしつ)を描(えが)いた絵(え)など、当時(とうじ)の世情(せじょう)の紹介(しょうかい)に大(おお)きな役割(やくわり)を果(は)たしました。
やがては、新聞(しんぶん)、写真(しゃしん)など他(た)のメディアに押(お)されて衰退(すいたい)していく浮世絵(うきよえ)ですが、絵師(えし)は挿絵(さしえ)画家(がか)や日本画家(にほんがか)に転(てん)じ、大正(たいしょう)から昭和初期(しょうわしょき)にかけて吉田初三郎(よしだはつさぶろう)に代表(だいひょう)される鳥瞰図(ちょうかんず)が流行(りゅうこう)したように、その伝統(でんとう)は他(た)のジャンルへと受(う)け継(つ)がれていきました。

明治(めいじ)後半(こうはん)になると、版画(はんが)の技法(ぎほう)も浮世絵(うきよえ)を支(ささ)えていた木版画(もくはんが)技法(ぎほう)から石版(せきばん)画(が)や銅(どう)版画(はんが)に変(か)わるなど大(おお)きな変化(へんか)を遂(と)げますが、名所(めいしょ)としての「藤沢(ふじさわ)」「江(え)の島(しま)」の風景(ふうけい)は、絵師(えし)に代(か)わって登場(とうじょう)した「画家(がか)」たちにも描(えが)き続(つづ)けられています。